2011年05月24日

ギルドデザイン iPhoneケース ソリッドのゆるい電波対策 追記

最近、ギルドデザインというキーワードでの検索アクセスが増えている。

で、前にエントリした記事、ギルドデザインのソリッドケースのゆるい電波対策に対するご質問をいただきました。ありがとうございます。

これって文章だと説明がなんかむずいので、ちょうどIllustratorをたちあげていたので、パッと図解を作成しました。

質問の内容は、「iPhone4のアンテナとは一体どこなのか?」という感じ。つまり、ケース側のどこら辺の部分に絶縁をほどこしたらいいのか、ということ。


iPhone4は、その筐体の側面にステンレス製のバンパーパーツがあります。
下の図の、赤い部分です。

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これ全部がアンテナ関連のパーツです。よく見るとスリット(つなぎ目)があり、分解すると3つのパーツに分かれることがわかります。


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特に下のパーツと、上のパーツが接触・・・つまり手で持った時に手がパーツ同士の「橋渡し」をしてしまうと、電波感度が極端に悪くなります。電波は人間の体も通るからです。

この持ち方を俗に「デス・グリップ」と呼ぶのですが、これはAppleの設計ミスで、アメリカなどでは起訴沙汰にもなっています。
Apple側も設計ミスを認め、それでケースプログラムという、いわば無償でiPhoneケースを配布する、という処置も行いました。


で、ギルドデザインのソリッドが、このアンテナに接触し、さらにつなぎ目の橋渡しをしてしまうことを回避してみよう・・・というのが、対策の狙いです。

ただし、ソリッドで電波が悪くなるのは、それだけが原因ではありません。
そもそも、金属パーツで囲うこと事態、携帯のアンテナにとっていいわけがありません。

ですから、この方法でも完璧とは言えないのですが、明らかに施行前と施行後では感度が改善されていますし、このブログを見て試してみて、「良くなりました!」というコメントもいただいています。(その方は、マニキュアを使ったみたいですw)

ですから、トライする価値はあるかと思います。


で、このiPhone側の金属のパーツに触れる部分に、絶縁としてニスやマニキュアを塗布します。


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わかるかなあ・・・かなり駆け足に描いたからなあ・・・

右の丸の中が、ソリッド側の拡大部分です。その中の赤い部分が、塗布領域になります。

これをグルッと一周させていくかたちになります。ソリッドはパーツが2つに分かれているので、もちろん両方ともやります。

4隅のところは、ねじ穴のある部分まで塗ることはありません・・・・が、実は4隅のところが一番アンテナに触れる面積が広いので、このあたりは広めに塗ります。iPhoneの角が当たるところですね。


結構、地味に細かい作業になりますw

当たり前の話ですが、よく乾かしてから装着しましょう。iPhoneとケースが一心同体になっちまいます。


僕的にはその後、電波の感度はかなりいいですが、地域や、建物の中にいるかいないかとかでも、かなり変わったりもしますね。当たり前の話ですが。


こんなんでおわかりいただけたかなあ・・・w

ソリッドケースのゆるい電波対策の、ゆるい追記でしたw



posted by ORICHALCON at 17:13| Comment(1) | TrackBack(0) | Mac & iPhone

2011年05月12日

シズオカ!!

Facebook経由で友人からお知らせいただきました。前の記事でご紹介したシズオカ×カンヌウィーク 2011 の記者発表会の模様が、USTREAMで視聴できます!

視聴ページはこちら


あらためて考えてみると、すごい時代になったもんです。一昔前なら、"あの時のあの自分"をこんな風に見られる機会なんてなかったですからね・・・

まさに加速の時代だなあ。


しかし・・・・僕・・・ぬるい・・・

もっとちゃんとした格好してきゃよかったな(>_<)
「こういうとき、気張っちゃいけないんだ!!」みたいな脱力思考があるんですが、やはり気張るべきでした!


前夜祭でのトーク(バネルディスカッション)の模様も配信されています。


視聴ページはこちら


テーマは、「静岡の常識は世界に通用するかもしれない!?」みたいな感じで、とはいいつつも、ゆる〜く静岡を語るおもしろトークw

しかし、自分たち(もしくは自分たちの地元)を客観的に見るのって、面白いけど、結構むずかしいもんなんだな〜w


僕は東京出身だけど、人生の9.5割は横浜なので、もう横浜出身みたいなつもり。
で、よく「横浜住んでます」って言うと、「おー、横浜ですか! おしゃれですね〜」って言われるよね!!

そこで横浜人が思うのは、「え!? どこが!???」ってやつ。(ここで横浜人たち"あるある!"連発)

どこにおしゃれなとこなんかあるの。ないのよ!!


静岡の魅力のヒントは、静岡おでんにあるね!
静岡おでんがなんであんなにうまいかっちゅーと、あれは東西のいいとこどりだからでしょ!

関西風とも関東風とも、どっちにもつかない。そう、静岡って東西の中間地点みたいなもんで、いい意味でグレーゾーンなのだ。


世界の三大料理で、中華、フランスときて、トルコ料理がエントリされるのだが、「え、なんでトルコ?」って人もいる。

中華料理は東洋の雄、フランス料理は西洋の雄、で、トルコ料理はどっちにもつかない、中間料理。
トルコは厳密にはアジアだが、すぐ後ろがヨーロッパで、要は西洋と東洋がぶつかり合うボーダーに位置しちゃってるため、バタ臭さが違うわけだ。

だから静岡おでんはトルコ料理なのだ論。


「それを言ったら名古屋は?」と言う人もいるかもだけど、あそこはどっちかっつーと、「関西寄り」でしょ!
だけどまあ、たしかに味噌ダレなんて濃い味の文化があったり、関西と関東の混血みたいな風合いもあるけど、あそこは「良くも悪くも」という前置きがつくw

静岡は「良くも良くも」になれる可能性を秘めてると思うんだなあ。



トークにも「静岡の人はゆるい」というような会話が出てくるけど、たしかに「ゆるさ」は感じるw 「ゆるさ」というか、「のんびり」という感じで、「あはは、いいんじゃないw」って感じw
特に男性がみんな草食系の印象があったw 個人的にはとてもシンパシィを感じてしまうのだが、ともかく木下惠介とか志茂田景樹を生んだとこだしな!

秀吉はガツガツしてたけど、家康はそうでもないしな。家康が肉食系だったら、秀吉はああも簡単には関白になれんかったっしょう。


シズオカ×カンヌウィーク 2011 を今後もさらに発展させていくなら、この「いいとこ取り」を「ゆるく」、鼻歌まじりで加速させていくのが良いと思うなー。

シズオカ、カンヌ、映画、それを軸にいろんなものをごった煮にしていく。これをあんまりガツガツと前のめりにやっちゃうと、「なにやりたいのw」って突っ込まれるので、理想は「気がついたらすごいことになってたwww」みたいなのがいいね!


個人的には、映画の部分はもっとコアになっていってくれたらなあと思います。カンヌ映画祭もオスカーに比べるとコアだしね!w
カンヌは行けないけど、静岡だったら行ける!って人が、開催時に遊びに行くような規模になれたら良いな〜。


トークを拝見してて驚いたのは、静岡市が劇団カンパニーを所有していたということ。
これは特筆もので、日本の各自治体は見習うべきですよね。

古い話、竹下政権がふるさと政策で、各自治体に1億円配ったりしたでしょう。
日本人ってのはこういう金の使い方は下手で、各地でつまらない石碑だとか記念館とかたてたりしちゃってたわけだ。
多くはそれを元手に劇場ホールとか、カルチャーセンターとか作ったりもしたわけだけども、地方にそんなもの作ったところで、大して利用されないのが現状。

地方が故に利用する人たちにかぎりがあるからだが、だったらその金を「利用する人たち」の開発・育成にまわすくらいのセンスが欲しかった。

つまり、劇団でもいい、オーケストラでもいい、そういったものを開発して、むしろ外で活躍させるくらいの気概があれば、1億円も相当生きてくるだろう。



静岡には、フィルム微助人(びすけっと、と読む)というフィルムコミッションがあり、これは東部、沼津市あたりが中心になっちゃうのだが、静岡におけるロケ誘致やサポート活動を行っている。
沼津出身の映画監督、原田眞人さんのワークショップなども開催していて、僕も息子さんの遊人くん経由で誘われたりもあったんだけど、その時は参加できなかった・・・でもその時から、このフィルム微助人は気になっていた存在。

静岡は、海あり山ありなんでもありで、なにげにロケ環境としては魅力あるところ。静岡は映画の舞台背景として、まだまだ可能性を秘めていると思う。
だから静岡大学の映研あたりを火付け役にして、静岡発のショートフィルムの製作・発信などもテコ入れしてみてはどうかなあ。
静岡教育映画社(だっけ・・・)とかにこれらをうまくかけてもらって、静岡内でまず認知させていき、眠っているクリエイターを刺激する。

映画は総合芸術、だなんて言われたりもするけど、なにも映像クリエイターでなくても、音楽や絵画、役者、ダンサー、なんでもいい、そういう人たちも関われるのが映画だったりするし、この時代はまた、映像を気軽に作れる時代でもある。コッポラも、「パソコンと、高性能の安いカメラの発達で、街の普通の女の子が映画監督になってしまう時代が来た」と、FinalCutのプロモでも言っている。

特にこれからはショートフィルムの時代がやってくる(てか、もうきてる)ので、静岡発のショートフィルムを将来、逆にカンヌへ送りつけるくらいになったら最高だね。

地域で、その地域を中心としたショートフィルムの開発に力をいれているところはまだないので、どこが先にやるか、なのだけど、この際シズオカで!!

もちろん、カンヌ市のクリエイターの作品も募集する。それでカンヌウィーク開催時にまとめて上映すれば、ショートフィルム好きは結構いるので、県外からの客も見込めるかもね!

とにかく「映画」というキーワードをどこまで高めて、人々に「わくわく」させるか、が鍵で、映画好きにどのくらい「へえーすごいね!」って言わせられるかにもかかっていると思うので、こういった、よりコアなクリエイト性も付加させられていったらいいなと。


あ、もうこんな時間。もっと書きたいけど、おやすみなさい(>_<)



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2011年05月11日

シズオカ×カンヌウィーク 2011 前夜祭

はい、お邪魔してきました。シズオカ×カンヌウィーク 2011 の記者発表ならびに表彰式・そして前夜祭です。
静岡駅近くの伊勢丹前、ミライエ 2Fで執り行なわれました。


いつもインドアな内容なので、たまにはこういう出歩きネタをみっちりエントリしてみるのも良いね!


昔からの夢だった「東海道線で遠いとこまでトコトコ行く」というのを実現すべく、行きは東海道線で行くことに。
片道約3時間ですが、まったりしてたら意外とあっという間だったり。


これは熱海に到着する手前あたり。久しぶりにこの辺の海を目にする。

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静岡駅に着いたはいいが、駅を出ると、ほとんど人が歩いていない。こんなでっかい駅前なのに・・・・
平日だからかな・・・とは思ったが、すぐに理由が判明。駅を出て中心街へ向かう際、すぐに地下道へと誘導されるのだが・・・


みんな地下を歩いているのだ!!w

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この地下道はどういう構造になっているのかわからないけど、そこそこ各方面へ伸びているようで、こっちは〇〇町、こっちは〇〇町と標識が出ている。
伊勢丹のある呉服町あたりで地上へ出てみると、もう繁華街。普通に人々が行き交っている。どうでもいいけどなんだ今日のこの暑さはっw


会場に着くと、ちょうど表彰式のリハーサルをやっていた。伊澤恵美子嬢が司会となって、「では、加戸谷隆斗さま、どうぞ!」とか言ってるw

僕の代わりのスタンドインを、リハのディレクターをしていた実行委員会代表の鈴木さんがしてくれていて、恵美子嬢の「では加戸谷さま、一言今のご感想をお願いします」なんてフリを受けて、僕のかわりに「ありがとうございます」とかマイクへw

恵美子嬢がそこで僕に気づいて、「あ、ご本人がみえてるwww」ということで、リハに立ちあわせていただきました。

表彰は静岡市長より賜る予定ですが、市長はまだお見えになっていないので、スタッフの方がスタンドインに。
表彰状を受け取る手順をして、その後にチラっとスタッフの方が、「それと、景品のシャーペンも・・・」というようなことをおっしゃってるのを耳にした。

「シャーペンももらえるのか!!」と興奮してしまった。小中学生のころ、絵のコンクールなどで入賞するとよくもらったりしたものだが、ここはもう大人の世界である。大人のシャーペンなのである。もしかすると、カンヌにまつわるようなシャーペンとか!? などと勝手に夢ふくらます。

そうやってる間に、会場にはプレス陣が集まってきた。
静岡新聞社さんや静岡テレビ朝日さんなどなど。


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会場には、応募作品の中からさらに厳選された作品の展示・紹介がされている。
あっという間に人がいっぱいになって、なかなか寄って細かくは撮れなかったのだが、さすがとしか言えない作品ばかり。また冷や汗が出た・・・

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映り込みが・・・・まあ、同時に会場の雰囲気も伝えられていいかなっw iPhoneでは限界があるかもね・・・

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今回は、全体の約70%が県外からの応募で、イタリアから、というのもあったそうです。すごいね・・・!

「あれ、僕のがないじゃんね?」って思ったら、会場の真ん中に展示してくださってまして、恐縮でございます(>_<)


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特に僕の作品を推してくださった審査員の方々のコメントも拝見できました。これだけでも来た甲斐があるというものです!!


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内容は・・・くすぐったいので割愛しますが、元気のある人は拡大でもしてがんばってみてくださいw


僕の作品はこんなです。恐らく、モノトーンは僕だけだったかもしんない・・・・


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会場には、カンヌ関連のグッズや資料なども展示されて雰囲気満点。つか、どうやって集めたんやろ・・・・


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そうこうしているうちに、いよいよ記者発表が始まりました。残念ながら、このあたりから僕も当事者になってしまうので、写真はさすがに撮れておりませぬ・・・

まずは田辺静岡市長のご挨拶を拝聴。若々しい市長で、語りは熱い。このイベントの生誕秘話を通して、「人と人のつながり」というテーマを投げかける姿に感動させられてしまった。

そして表彰式へ。リハの通り、呼ばれてレッドカーペットまで進みました。
いやー、なんだかな〜緊張したよ・・・

表彰状を見て「うはwww」となった。おっきな額に収まっており、受け取るとこれまたズッシリくる。表彰状そのものはこれまたオシャレで、堅苦しさのない素敵なデザイン。写真撮り忘れた(>_<) (というのも、のちにあちら様が気を効かせてくれまして、「郵送いたしますw」という運びに・・・・だからお持ち帰りしていないのだ)


そしてお待ちかねの景品・・・・あれ? なにか、これまたセレブな香りのする瓶を渡された。

戴いたのは、こちら。(箱に入っちゃってるけど)


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あーーーーーーーーーーっ、シャンパン!!!!!


シャーペンとか・・・俺なに聞き間違えてんの(>_<)


モエ・エ・シャンドンでございましたとも、ええ!! なるほどね!! おフランス!!
嬉しいどんでん返しでした!!!!!


表彰状の額もおっきくて重く、そこへシャンパン一本がきましたから、受け取ったらプルプル状態(^^;)

伊澤恵美子嬢は涼しげに「では加戸谷さま、コメントを・・・」と容赦ない系w

田辺市長が「あ、お持ちしましょうか」と手を添えてくださったのですが、恐れ多いので「大丈夫です、ありがとうございます」とがんばる。

で、何言ったかもう忘却ぎみだが、ない知恵しぼってコメントさせてもらう。


その後の実行委員会代表の鈴木さんのご挨拶によると、実行委員会あてにカンヌ市長から、本イベントへの激励と、震災へのお悔やみなどをしたためた手紙を頂いたそうです。すごいですね。ありがたいですね。
今回から、カンヌ映画祭のプレスルームには、このシズオカ×カンヌウィークのリーフレットも置かれているそうです。

まだ成長段階のイベントかも知れませんが、こうして少しずつでも各方面へ認知いただいて、静岡を代表するイベントにまで発展できたらいいですね!  いや、なるでしょう!!


記者発表が終了し、あとは前夜祭まで少し時間が空く。
僕は仕事も気になっていたので、ここで帰路というかたちでもよかったのかもだが、伊澤恵美子嬢のトークは見たいなと思い、それだけは押さえていこうという気になったので残ることに。

伊澤嬢と、たぬき亭なるラーメン屋へ。
昔ながらの!!的ラーメンで、かえって新鮮でうまいw


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「しかし、まさか俺らが静岡でこうして一緒にラーメン食うことになるとはなあ・・・w」
「ほんとですよね〜w」

以前会ったときより、伊澤恵美子はことさら美しくなっていた。女優だのう・・・・


伊澤嬢は一旦会場へ戻ったが、まだまだ時間があるので、一人でそこらをぶらついてみることに。


イベントの本開催はカンヌ映画祭と同期なので、11日から。だからまだ街はイベント一色、というわけではないが、いたるところにポスターは目にできる。


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こういった通りが、一部は「マルシェ通り」に早変わりする期間などがあるそうで、圧巻だろうな〜。

静岡の街は、新興と過去の隙間が交差する印象で、よく観察すると面白い。


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会場の向かいの伊勢丹を尻目に西へ行くとすぐ、県庁前に出る。そしてそこは、駿府城址だ。(城址指定かは知らないけど・・・)

いきなりお堀。


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水面でわかる通り、雨がパラついている。
実はこのちょっと前、雨宿りに入ったドトールで、股間にアイスティーのガムシロをこぼしてしまい、まるでおしっこもらしたようなシミがついちゃって少しブルーちっくだったのだが、この景色に元気づけられた。


この位置から右へ向けば、奥に県庁が見える。


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その向かいが静岡市役所で、アール・デコ風の建物。地元の横浜を思い出す。


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駿府城は、家康の最後の居城で、天下普請と銘打っただけあって、三の丸まで持つ大規模な縄張りの、典型的な輪郭式。
さすがに本丸ともども現存していないが、とどめている中堀・外堀、石垣の輪郭によって囲まれた広大な土地(駿府公園)は、歴史に想いを馳せるには充分な風格を持っている。


一番それっぽく目を楽しませてくれるのは、復元された巽櫓とその門。

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見上げると、古代建築と近代建築のレイアウト発見。


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塀の内側。
矢狭間と鉄砲狭間の位置が食い違っているのは、やはり鉄砲は当時、しゃがんで片膝を着いて撃つのが通常スタイルだったということなんかな?


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こちらは高麗門からの外堀。本丸も復元できたら、さぞかし見ごたえあるだろうな。


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復元ではなく、発掘した本丸堀が現存していて、これは当時の生々しい打ち込みはぎや、算木積みの石垣が見られる。
けど雨が強くなっちまって、写真どころではなかった。亀がぽつねんと浮いていたのが微笑ましかったですわん。


ん?  なんでお城めぐりになってるかって??
ごめwwwww  好きなのwwwwwwwwwwwwwwwww


さて、前夜祭のために会場に戻る。


トーク中の伊澤恵美子嬢をパチリ。

数枚撮ったが、この伊澤嬢の「ニカッ」な笑顔が前から好きなので、これを掲載。


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なんかちょうどお辞儀してるところで、どん詰まりな感じに見えてしまうが、本人はスラッとした子であることをお伝えしておこう!!

ともかく、このトークはなかなか興味深く、面白かったw
司会進行の柚木さんがまた素敵w

伊澤嬢もやる時はやるな!! こんなに器用なやつだったのか!!!w

トークを堪能し、お世話になった関係者の皆様にご挨拶して早々に新幹線へ。


考えてみたら、新幹線なんて数年ぶりだ。

堪能してやれと思ったが・・・・新横浜なんてあっと言う間(>_<)



楽しかったな〜。

改めまして、この度は光栄にあずかりましてありがとうございます。

そしてこのエントリの最後まで付き合ってくださったあなたにも、ありがとう!



posted by ORICHALCON at 03:24| Comment(1) | TrackBack(0) | 日記

2011年05月09日

アメリカのビン・ラディン襲撃は正しかったか

そもそも、軍事作戦に「正しい」も「正しくない」もなく、ある視点からは正しく、ある視点からは正しくないものだったりしますが、今回の作戦は、「いきなり殺しちゃった」という点で物議をかもしています。

ハナから「殺害するため」の作戦であり、拘束とか逮捕などは考えてなかったという点で、「それはいかがなものか」と、民主党の福島瑞穂議員も「裁判にかけるべきであった。事実を世界中が知りたがっていたはずだ」というような旨の発言をしてたりする。

この「事実」というのは、もしかしたらあの「9・11」の真相うんぬんにまで及ぶ話なのかも知れない。
ご存知の人もいるかと思いますが、あの事件にはいろいろと疑惑があって、中にはアメリカの自作自演による「イラク進攻の理由づくり」みたいなのまである。
この「9・11」の疑惑材料までからめていたら話が終わらないので、少なくともここではアメリカ政府の「ビン・ラディン主導によるテロである」という見解を支持したとして、話をすすめよう。実はビン・ラディンはシロで、アメリカは彼を利用して、口封じに斬り捨て御免したんだ、なんて話まで混ぜてるともう、収拾がつかんからな・・・・その点、ご了承いただきたい。


まず結論からいうと、アメリカのやり方は正しい。正しい、というのも変だが、言い換えれば「当然」ということ。


アメリカがビン・ラディンをとっつかまえて裁判にかけるつもりなど微塵もなかったとしたら、それは当たり前の話で、これは「テロ」というもののメカニズムと、「対テロ戦争」というものがどういうものかを理解していれば、ある程度納得出来るものだ。

テロをいわば国際的な刑事事件・犯罪ととらえるか、戦争ととらえるか、という問題の場合、これは「戦争」として扱うのが理想といえる。
「戦争とは大げさな」という人もいるかも知れないけど、テロ行為を犯罪、テロリストを犯罪者として扱うことは、テロリストの思うつぼなのだ。彼らに裁判を受ける権利を与える時点で、半分負けているに等しく、テロによる犠牲者も減らせない。

だからアメリカはビン・ラディンに対してはすべて軍事行動であって、つまりこの事象の取り扱いを「戦争」と定義付けようと必死だったわけだ。

テロリストというと、AK-47や手榴弾を手に、無精ひげと汗にまみれて、なにかひとつの思想に凝り固まって、なにかとあればすぐ自爆し、ネズミのように必死に這い回っているかのような印象を持ってる人もいるかも知れないが、テロリストの、特に幹部や指導者というものは(時としては実行犯でさえも)過去の歴代の人物を並べてみると、ほとんどが高学歴で、エリート層、さらには裕福層の人間であることがわかる。

僕らが想像する以上にテロリストは頭が良く、教養深く、さまざまな知識を持っていて、コネもカリスマもあるような人物が中心となっており、その頭脳は恐ろしく狡猾で、非情だ。
そもそもテロ行為は法律(国際法も含む)逆手に取るところから設計がはじまっている。

だから「裁判にかけるべきだ」というのは、むしろテロリストの肩代わりに発言してあげているにすぎなくなってしまう。

戦争という扱いになると、逆にテロリストたちは困ってしまう。ハーグ陸戦条約が適用されるからだ。

これはなにかというと、「戦争のためのルール」で、おかしな話、世界中で行われている紛争・戦争は、このルールにのっとって行われている。そして、このハーグ陸戦条約にあてはめると、テロリストの行為はすべて「違法」ということになり、こうなると彼らの権利は失われる。つまり、彼らは裁判を受ける権利などはないということになる。

対テロ戦は、こういうところからも展開されることを知っておく必要がある。


テロの厄介なところは、その破壊・殺戮行為は時として戦争並であるのに対し、まったくルールがないということだ。犯罪的なのだから当たり前とも言えるが、このルール無用は僕らの想像を絶する。まずわかりやすいのが、平気で嘘をつくというのがある。

過去の歴史を振り返っても、テロリストの発言のほとんどは嘘ばかりで、それこそ嘘しか言っていない場面さえある。テロとはそもそも、プロバカンダの手法であるということからして、彼らの発言がいつも正しいわけではないのはわかるだろう。

もちろん、アメリカ政府なども本当のことばかり言うわけではないし、隠蔽も、嘘による工作もする。
だからアメリカ政府に対して疑念を持つ人、または後に暴かれた隠蔽行為などを非難する人もいる。

しかし、テロリストに対してはどうだろう? 意外と疑念を持つ発言や考えはあまり聞かれない。

「我々は被害者だ。アメリカは我が地の女・子どもを無作為に殺害した」などと言うと、「ああアメリカそういうことしたのか」と思っちゃったりする。
テロリストはたしかに問題だが、彼らは思想や権利を守るために犯罪者となってしまったのであり、言いたいこともあるだろう・・・というような視点で見てしまったりという人もいるだろう。下手すると、宗教的思想者というレッテルから、そういうことにかぎっては「とんでもない嘘は言わない」とさえ漠然と思ってる人もいるかも知れない。

しかし残念ながら、ないことをあったかのように当然と言う、というのがテロの常套行為で、彼らの発言はまず、信じてはいけない。
「女・子どもを殺した」といった内容も、実際は彼らが女・子どもを利用したがために犠牲になっているケースも多い。(彼らにハーグ陸戦条約はないに等しい)


もちろん、アメリカが間違って爆撃しちゃって殺しちゃったなんてのもたしかに存在するだろう。
しかしテロリストはそういうのをむしろ待ち望んでいるようなアタマをしているということを忘れてはいけない。自国民の少年を人間爆弾に仕立て上げることのできるアタマであるということを忘れてはいけない。
テロリストが、自己以外の味方になったことなどなく、自己以外のなにかのために戦ったり死んだりした例もない。


テロとの戦いが泥沼に陥る原因として、テロリスト側が圧倒的に有利な立場にある、というのがある。

テロリストが弱者ゆえの反抗のように思っている人は、考えを改めた方がいい。それは彼らの演出にうまくのっけられてるにすぎない。


まずテロは、投下する資金・人的資源・時間の割に、あまりにも効率がよく、ちょっとした作戦で大きな効果が得られるというのがある。
戦争という定義にのっとったものであれば、相手国の軍隊と戦わなければならないので、こっちも正規軍である必要があり、そのための資金と人員は相当なものなる。また、先の条約にも縛られるし、下手すると一国相手ではなく、連合軍が相手になる可能性だってなくはない。

しかし転じてテロ作戦となると、数万円分のC4爆弾と、一人の英雄がいればいいわけで、それを町の広場でドカンとやって数百人殺せば、成功である。

彼らにとって、一人の盲信的な兵隊を作るのは簡単なことである。これは映画「シリアナ」などにも描かれているが、実に悲惨なやり方だ。

数百人の民間人を殺してなにが成功かというと、テロは物理的破壊戦ではなく、心理戦だということで、自爆もいとわない戦士が敵にはおり、宣戦布告もなしに不意にいつどこで誰がやられるかもわからない、という恐怖を相手に植えつけるという、実に効率のいいやり方をしているわけだ。

9・11も、3000人近い犠牲者を出しながらも、テロリスト側の損失は逮捕者も含めて12、3人。

9・11は世界中でこれでもかというくらい報道されたが、テロは少ないエネルギー効率で、絶大な宣伝力を持つのも大きな特徴だ。

一機の旅客機や大使館を、数個の武器と数人とで乗っ取れば、それが乗っ取られている数十時間、もしくは数日間は、彼らを主役にした報道が繰り返しされる。彼らはタダで、世界中のメディアをつかって自分の思想や主義主張を宣伝でき、いろいろな要求も可能だ。そしてなによりもその時間の間、ずっと敵の顔に泥を塗ることができる。

頃合いを見て降伏すればいいと考えていたならば、これほど頭の良いやり方はない。これがテロなわけだ。
それで逮捕されたとしても、彼らは味方からは英雄扱いとなるわけで(これは死んでもそうだが)、裁判時にまた法廷で宣伝行為ができる。

最悪は、またその英雄を解放させるためにまたテロが起きたりすることだ。


対テロ戦の鍵は、「テロ行為は非効率である」という状態にもっていく、まずはこれに尽きる。テロがなくならないのは、「効率が良い」からなのだということを、僕らは知っておかなければならない。

心理戦、法規戦ということを考えると、彼らをただの犯罪者とするのではなく、交戦権失効(捕虜・裁判としての権利なし)の敵として扱い、彼らの主義主張の喧伝の助長になってしまう行為も極力控える、ということになる。


そう考えると、今回のアメリカのビン・ラディン殺害作戦は、「対テロ戦としてあたりまえ」のことをやっているにすぎないということがわかっていただけるだろうか。


しかし、これでまた報復という名のテロが繰り返されるのではないか、という懸念もあって、「それでは泥仕合じゃないか」と誰もが思うだろう。

もしあなたがそう思うなら、すでにテロリストの勝ちということになる。もし世界中がそういう気持ちに支配されたなら、テロリストたちのこれまでの行為がすべて、ただ、報われるだけだ。テロとは、そういうものだ。


そもそも、テロを招くような政治的行為をしているアメリカにも非があるという声もあるだろう。


だけど、テロはテロであり、そこにはどんな言い分も認められない。


それでももし、今回のビン・ラディン殺害などに対し、人道的、もしくは政治的などのあらゆるどんな視点にせよ反感を感じているのであれば、それは僕から言わせれば、家族や知人がテロの犠牲になった立場に置かれていない、という幸せをただ噛み締めているにすぎないに等しい。









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2011年05月06日

やっとタイムマシンを導入

今さらながら、やっとTime Machineの機能を使い始めた。

これはOS X Leopardから搭載された機能で、要はMacのバックアップ機能だわな!!

Macにしてこのすごい機能を使わないというのはもったいなさすぎるのだが、僕はFireWireで接続した別のiMacを外付けハードディスクとして使っていたので(笑)、このTime Machine機能デビューは出遅れてしまっていた。外付けのハードはTime Machineのバックアップとして認識してくれないからな〜。

しかしこれだとバックアップは手動ということになり、リスクがまったくないというわけではないわけでして・・・
そして案の定、大事なファイルを削除してしまうという事態が起こった(>_<)

やる時はやってしまうもので、なにを勘違いしたか、バックアップ側も消してしまうというどーしようもないことをやらかしてしまった。

そもそも僕は、なんでもすぐゴミ箱に入れてしまい、さらにそのゴミ箱になにか入ってるという状態が我慢できない人なので、ついつい「ゴミ箱を(確実に)空にする」をパカパカ行う野郎なんでございます。

今回のは、消えられたらすごい困るファイルでして・・・なんせ仕事のファイルだからな!
復旧ソフトでも完全再現というわけにもいかなかったので、また一から作るはめになってしまった。まあ、それはしょうがない。

「こんな時こそ、Time Machineなんだな・・・」と痛感した。

というわけでさっそく外付けハードディスクを刷新購入。2TBをヨドバシからぶら下げてきた。

そもそも僕のiMacは320GBしかないので、バックアップとしては倍あれば充分だろう。だからTime Machine用に660GBでパーテションを切る。
これも今さらだが、OS Xはハードディスクのパーテションを(それもビジュアル的に)自由自在に切ったり消したりできてしまうというのに、改めて感心しちゃった。


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あとはMacにつなげて、環境設定からTime Machineのバックアップ用として指定すれば、バックアップが始まる。


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一番最初に全体のバックアップを作成するから、これが結構時間かかると聞いていたのだけど、寝ている間にやらせたからどのくらいかかったかはわかりませぬ。

Time Machine用のディスクは、こんな感じでデスクトップにマウントされる。上がTime Machine用。下はそのパーティション分けされた、今回買ってきたHD。


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あとは黙っていれば、定期的にバックアップを作成してくれる。バックアップ作成処理に入ると、アップルメニューのアイコンが回転するのでわかる。

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Finder上でもこんな感じでわかる。


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導入したのが3/30で、もちろんそん時はまともなバックアップなどない。だからこの一ヶ月たったところで、このブログでレビューしてみようと思ったのですが、まあ、Macユーザからしたらもう、目新しい内容ではないでしょうけどねw

とにかく、DockのTime Machineを起動してみる。


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おーっ。タイムマシンだ!! 過去へさかのぼるためのコンソール画面が、モニタいっぱいに広がります。


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宇宙空間というか、星が静かに流れるように動いていたりと、こういう演出はやっぱいいねえ。

これで戻りたいころの日付へさかのぼって、お目当てのファイルやフォルダを見つけ出し、[復元]すればいいのだな!!

やべー、こわいもんなしだ。もーバンバン空にするぜ! ゴミ箱を!!

これは単に失ってしまったファイルなどを救出するだけでなく、Macそのものの調子が悪くなった時、調子がよかったころに戻ってまるごと復元させてしまう、という使い方もできるらしいが・・・そういう状況にならないことを祈るw
けど、OS X、それもLeopardあたりになってから、そういう状況に陥るというのはもうあまり聞かなくなってきましたよね。まったくないとは言えませんが、付属のディスクユーティリティで大体はなんとかなってしまう。

また、新しいMacを買った時、今まで使っていたMacの環境を移すのがまた一苦労なんだけど、このTime Machineのバックアップからシステムまるごと渡せてしまう、というのが死ぬほど魅力的ですね!!

「じゃあ、クアッドコアになったし、新しいの買うか!」って気にもなってしまいますわよねのね!! (まだないけどな!!)


しかしAppleはうまいなほんと。たしかにこんなシステムあれば、新機種への買い替えも、躊躇減るもんな・・・!


というわけで、遅いTime Machineデビューでした。


posted by ORICHALCON at 18:42| Comment(0) | TrackBack(0) | Mac & iPhone